無駄に過ごした時間を振り返って自戒しよう

時間を無駄にするということ

ここ1週間、妻・子供が不在でお盆だったこともあり、大変自堕落な生活を送ってしまいました。そんなことを思っているとtwitterのタイムラインにFiNC社溝口勇児さんの投稿が。。

無駄な時間

 ああああ。。。耳が痛い。。

「無駄な時間」の定義はなんぞ?

この投稿を見て、ああそうだなぁと共感する人も多いはず。

逆に、仮にユーチューバーになりたい人であれば、youtubeを見て研究することは無駄じゃないでしょう。

二日酔いについて研究している人だったら、度を過ぎた飲酒は無駄ではないでしょう。

ただ多くの人に当てはまる「無駄な時間」は、本当に溝口さんのおっしゃる通りですね。私にもバシバシ当てはまります。

「無駄な時間」を過ごしてしまう原因は夢と計画がない

この投稿を見て、改めて自分の生きたい人生を棚卸ししたわけですが、そこで気づいたはのは夢が漠然としていること、そして夢に伴った計画がないこと。

棚卸ししてみても、やはり夢(生きたい人生像)は大きく昔から変わらないのですが、そこに対する具体的な計画がありませんでした。

そのため、1日1日を自堕落に過ごしてしまっていたように感じます。

計画があり、今日やらなければいけないことがあれば自堕落には過ごさないはず。

だって本当にやりたいのはSNSをチェックすることでもなければ、ネットサーフィンして可愛い犬の写真を見ることではありません。

経済的な不安がなく、もっと妻と子供との時間を過ごし、ワクワクする毎日を送っているはずなんです。私の人生は。

しかしそのための計画がないために、本来したいことではなく、なんとなくその場しのぎ的な時間の使い方をしていました。猛省ですね。

「生産者」であるか「消費者」であるか

youtubeやSNSを見てたなぁ、と感じた時、他方で考えていたのは私は「消費者」であったこと。

誰かが「生産」した情報コンテンツを「消費」していました。

そして経済はいつも「消費者」から「生産者」へ流れているということです。

りんごを食べた人がお金を払い、りんご作った人がお金をもらっているんです。

つまり「生産者」にならない限り、端的にいうとお金を稼ぐことは出来ないということです。

もちろん消費したものを再生産して稼ぐというのも当然の仕組みです。りんごを仕入れて売るという立場ですね。

どちらにせよ、「消費者」から「生産者」に変わらないといけない。

時間は常に「消費」している

お金の消費以外にも「時間」と「体力」も消費しているのでは?と考えました。

寝るという時間を消費して、体力を生産しています。食事(お金)を消費して、体力を生産しています。労働(体力消費)をして、お金を生産します。

お金・時間・体力、これらが組み合わさって経済が回っているとしたら、体力を以下に生産するか、そして体力と時間をいかに効率的に消費してお金を替えていくかを考えることに必然的に繋がってきます。

体力が満タンになればそれ以上寝る必要はないし、食べ過ぎて体力を上手に使えないのでは大変不都合。というかコスパ悪い。

家族との時間や友達との時間の消費は、英気を養う(生産)しているでしょう。

案外、英気を満タンにする方法ってもって身近にあって気楽にできるような気もします。例えば私で言えば筋トレですね。

結論:消費活動を生産活動に転化させるべき

あらゆる行動は消費と生産の連鎖です。それでは消費で終わらせては勿体無いので、消費したものは生産物に変換する。

リセールバリューが高い消費をしていくことで、無駄なく時間もお金も活用することが出来ますね。

時間を無駄にするということ

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