「お金持ってるんだから払ってよ」は理解できるけどイヤだ

お金持ってるんだから払ってよ

先日、友人3人と女性4人で合コンなるもの(好物)を行なった。全員分立て替えて、後日男性陣で割り勘にするのだが、そこで友人の一人が「お金持ってるんだから〜」と言い、そのまま未回収となった。

お金は持ってる人が払う、というのは真理か?

まず、僕の基本的な考え方として、お金は持っている人が払うのは真理であると考えている。人それぞれ考え方があると思うが、僕がお金を持っている時、そしてその時気持ちよくお金を払いたいと思う時は、いつの間にかお金を払ってしまっているのが現実だ。

これは僕がお金持ちとか稼いでるとかそう言う問題ではなく、それは感謝の気持ちや「これからよろしくね!」と仕事関係のこともあったりする。

それはあくまでも自分発信であって、大抵の場合は相手も「俺も払うよ」「僕も払います」となるわけで、多少の押し問答がありつつもひと段落して会計するという形。

お店でのお会計は払うべきであるけども、その金額をどう言う割合で払うかというのはお互いの合意のもとで、その時の気分やノリでもいいじゃない、というのが僕の考え。

仕事にしても、お金を持っている人たちに営業しに行くわけですからね。

お金を持っていても払いたくないものには一文たりとも払いたくない

これは誰でも同じだと思う。持っている金額が違うだけの話である。

僕の話で例えれば、ファッションにはいささかも興味がない。しかし、ファッション好きの人に言われたのは「お金持ってるんだから、服くらい良いの着なよ!」ということだ。僕がたいそう小汚い格好をしていると思い浮かべるかもしれないが、そんなでもないと自分では思っている。

僕としては、そこにお金を使うくらいだったら、仲間と飲みに行ったり、女の子と飲みに行ったりしたいわけだ。その価値観は人それぞれだし、モノとして残らない飲み代よりもモノを買った方が良いという考え方も理解はしている。

お金を多少持っていようが払いたくないものには払わないのが僕流儀でもあり、一般論なのだ。

「お金持ってるんだから〜」の人はどう考えているのか

話を戻すが、「お金持ってるんだから〜」と曖昧な回答をした彼は、その後も連絡を一切してこなくなった。たかが1万円程度のお金なのにだ。彼にとって僕は1万円以下の人間だったのかと思うと悲しい。

人生は残酷だ。

僕はきっと彼よりもお金を持っている。その会社の給与体系もなんとなく別口で知っていたからでもあるわけだが。

彼と違うのは、僕は給与をもらっているのではなく自分で稼いでいるのだ。朝起きて、毎朝金のなる木から福澤諭吉を摘んでいるような生活ではない。お金を持っているのは僕の努力やリスクを背負った結果なのだ。

それをあたかも「あなたは自動的に金の生まれる製造機を持っているのでお金は無尽蔵に作れるのであろう、もしや日本銀行なのか!?」と言わんばかりの、お金の価値観に脱帽してしまっている。

彼の考えていることは僕の解釈の中でしか生まれて来ないが「どこかに金のなる木があって、自分はそれを見つけることができていない」と考えているのではないだろうか。

会社員も「お金を払う立場」の経験をさせた方が良い

事業をやっていると、お金を頂くことはもちろんだが、その額に相応して払う金額も増えてくる。

そうなると余計に無駄なお金を払いたくない意識が強くなるのだ。お金を頂くのは大変だけど、払うのは簡単だ。面白くもない提案を持ってくる業者だってたくさんいる。

しかし、会社員はもらうばかりで払ったことがないおかげで、自分のもらっている給料が少ないだのなんだの言いだすわけだ。

自分の投資が失敗したら、自分の腹が痛むという経験がないから、会社の金を無駄にしてしまうのだ。

まあそれだからリスクを取っている経営車と安定志向の従業員のバランスがうまく保てるんだなとも思うけれども。

ケチな人間は好きですか?

お金持ってるんだから払ってよ

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